Trip to Tohoku
     〜鉄道研究会の東北旅行記〜



旅行予定表


 この夏、鉄道研究会は会員間の親睦等を目標とした鉄研旅行を実施しました。主な行き先は南東北と少し遠めで久しぶりの泊りがけの旅行でしたが、特に大きなトラブルもなく終わることが出ました。

 ここではその旅行の全体の流れと雰囲気を伝えたいと思います。内容というものはほとんど無いですが、気軽に読んでください。またその際是非地図を見て位置を確認してください。

(実施日時) 8月8日〜10日
(参加会員) (略)
(同行者) OBの先輩方

0.この旅行記を読むにあたって

 ・旅行ガイドではないのでご注意ください。
 ・二日目は三つの班に分けました、そのため、別々に載せています。読みにくいかもしれませんが、ご了承ください。
 ・基本的に私(会長)が執筆していますが、班別行動のため松島班、善光寺班は○○、山寺班は○○が担当しています。

1.一日目

 元々は京都駅を待ち合わせとして旅行を開始する予定でしたが、会員間の都合が合わなかったため、新宿まで何人かで行動し新宿から鉄研旅行を開始することとしました。


 その新宿までですが、私は中一生五人と一緒に新幹線で東京まで移動した後、鉄道博物館を見学、そして東京観光という動きでした。さすがに中一は元気で朝から高いテンションを持っていました。私が中一の時もこんな感じで先輩方に迷惑を与えていたのでしょう。

 さて、新宿到着後今回の旅行に同行して頂く先輩方や他の旅行メンバーに合流、さらに顧問の○○先生と挨拶をしました。わざわざありがとうございました。

 集合写真を撮った後、出発時間ややぎりぎりにムーンライトえちご号に乗車。一番上の列車です。これは新宿と新潟を結ぶ夜行快速で18切符でも利用できる夜行列車です。先生はしきりに「乗りたい!」と言っておられました。それぐらい魅力的な列車なのでしょう。ちなみに、この日のムーンライトえちご号は満席でした。

 車内は特急型列車とあって快適でした。途中の高崎駅で駅に降りた人や貫徹した人が何人かいたそうですが、私はすぐに寝ました。当然です。中一生五人を一人で相手するのは疲れます。

2.二日目 利府班

 終着駅である新潟駅に到着。途中の長岡駅でとなりの後輩に起こされること以外はぐっすりと寝ることができました。

 ここから利府班は米坂線を経由して仙台方面へ行くのですが、まずは新津へ移動します。近郊型電車にゆれること約20分。すぐに到着です。

 新津からは坂町まで羽越本線を利用します。この区間は全線電化していますが、デットセクション(直流と交流が交わるところ)があるため気動車が主体となっています。最近は画像のような新型の気動車が導入され快適になりつつあります。

 新津から約1時間。全員でカードゲームに没頭していたためあっという間でした。

 坂町からは米坂線の旅。ここで山寺班と遭遇しました。

 列車はキハ48+52という二両編成。地元の利用者はほとんどいなくて、旅行者が中心でした。非冷房のキハ52のほうが混んでいるというありさまでしたし。この路線の将来が少し不安です。

 気動車にゆれること約三時間。さすがに長く感じました。景色もよく、また、貴重な車両にも乗れたので満足して米沢に着きました。

 米沢から山形までは新幹線「つばめ」で移動しました。今回、土日きっぷという特急列車も乗り放題の切符を使用していました。そのため、特急列車に乗る機会が増え、快適な旅行となりました。

 さすがに「つばめ」は速くて快適。特急は便利です。あっという間に山形に到着。

 山形からは再び鈍行列車の旅。次は仙石線です。この路線は山深いところから一気に都心部に移動する点で人気のある路線らしいです。個人的な感覚では微妙。とりあえず、転換クロスシート(新快速の座席)が設置された車両を導入して欲しいです。さすがに、ちょっと無理ですけど。

 30分ぐらいで仙台に到着。米沢で駅弁を買った二人以外は立ち食いで昼飯を済ましました。ここからこの班の目的地、仙台新幹線車両センターに移動します。

 この車両センターはJR東日本が所有する新幹線をすべて検査する工場です。事前に予約をしていた工場内の見学をしたあと、保存車両を見に行きました。機関車もここでは展示していましたが、人が少なかったです。新幹線目当ての人がやはり多いみたいでした。

 ちなみにここでは電車でGO!がありました。本来は「こまち」号を運転するはずなのですが、なぜか急行「丹波」を選択。絶対に場の空気を読んでいない選択だったでしょう。

 キハ58の限界を超える115キロ運転し、京都駅の車止めに衝突するというお決まりのパターンで終わらせました。

 仙台に帰り、ここで私以外は駅弁を購入。明日の朝御飯にするらしいです。ちなみに消費期限は午前3時。「加熱式だから大丈夫!」らしいです。ちょっと無茶をしている感じでした。

 新幹線ホームに上がるとポケモンのラッピングをした新幹線が停まっていました。すこし得をした気分になりました。

 仙台からは「はやて」号で東京まで移動しました。「はやて」の中ではそれぞれ自分の世界で楽しんでいました。

 東京に着いた後、晩飯を上野で食べることとしました。そこで土日きっぷを利用し新幹線で移動することに。混雑した山手線や京浜東北線に乗らずにすみ、そのときはよかったのですが、帰りも新幹線を利用することに。そのため、田町駅での集合時間に間に合わず、他の班の方に迷惑をかけてしまいました。他の班の方、本当にすいませんでした。

 無事に宿に到着。やはり畳の上で寝るのはいいことだと改めて実感しつつ、眠りに落ちていきました。

3.二日目 松島班

 「喜多方といえばラーメンだよね」

 というわけで、新潟から喜多方へ行き、朝ごはんにラーメンを食べることに。当然ほとんどの店は閉まっていて、中1たちが懸命に店を探してくれました。いやあ後輩っていいもんですね。

 入った店は普通の食堂。食べたラーメンも普通のラーメン。たぶん、喜多方ラーメンです。喜多方で売ってるし!食堂のテレビに映る北京オリンピックの開会式を見ながら、俗世間を離れ田舎をさまよう我々は何をしているのだろうという虚無感にとらわれつつ、再び喜多方駅へと戻りました。ちなみに喜多方といえば蔵の町らしいです。頑張ってアピールしてました。ラーメンと蔵の町、喜多方!

 会津若松から郡山まで約1時間の乗車。この班のメンバーは、中1が4人と中3、高1が1人ずつ、そして高2の僕と、49期生のOB会長です。ここでOB会長とともに、中1の名前を覚えようと四苦八苦。夏休みの時点でいまだに覚えていないことに突っ込んではいけません。中1が4人がけシートに座っているところに乱入し、戯れる高2。いやあ、久しぶりに童心に帰りました(20時間ぶりぐらい)。

 郡山から仙台へはMaxやまびこを利用。新幹線の先端の形がドナルド・ダックっぽいことについて議論しつつ、仙台へと向かいます。

 仙台はちょうど七夕祭りが終わったところらしく、その残骸っぽいものが少し見受けられる程度で、七夕を満喫することはできませんでした。ただ、短冊の吊るされた笹が1本だけ飾ってあり、「世界征服」「○○君と付き合いたい」などの定番からよく分からないものなど、いろいろな短冊にツッコミをいれました。

 本来ならここで昼ごはんを食べてもよかったのですが、いかんせん朝ごはんがラーメンという無茶な食生活のため、若者(と元若者1名)とはいえさすがに食欲がわかず、食事は保留に。

 13時34分。松島海岸到着。僕の「宮島どこー?」に対し「ここは松島です!」と華麗なツッコミをいれつつ、海の匂いに釣られ海岸へと向かう一行。そこには、乗ってほしそうにこちらを見つめる遊覧船の姿が!

 僕「あー、ここでお金使っちゃうとちょっとやb「行きましょう先輩!」

 おじさんにお金を払い(さようなら1000円札!)、遊覧船乗り場へ。なんということでしょう。我々が乗るのは、先ほど乗ってほしそうに見つめていた遊覧船ではなく、もっとでかい船だったのです。さすがでかい船、窓側はすべて席がとられていて、真中のほうへと恐縮しながら座りました。ここで数名が夢の世界に旅立ち、僕とOB会長はデッキでカモメに餌をやりにいきました。

 「カモメのえさ100円」=「かっぱえびせん」を購入し、デッキへと出るも、ライバルの多さに戸惑う2人。カメラを取り出しカモメをとるOB会長。カモメのえさをつまむ僕。周りでは女性2人組がきゃっきゃ言いながらカモメに餌をやったり、老夫婦が写真を撮り合ったり。海側のポジションはすべて占拠されており、僕がエサを投げてもカモメは見向きもしません。OB会長に餌をやると喜んで食べていました。これはひどい。

 客室でぐったりしている中1を連れ出し、微妙なポジションを所得し、数本のかっぱえびせんをカモメに食べさせることに成功。同じくらいの量を中1とOB会長に。その倍の量を自分で食べましたが。この時点で、宮島…じゃなかった、松島の存在は完全に意識にありませんね。

 下船し、海辺で記念撮影。思えば僕が中1のときのOB会長のポジションが、今の中1にとっての僕なのです。しっかりした先輩にならなきゃ!と思い、牛タンの試食ばかりしている後輩たちを叱ります。僕は大人だから一口しか食べないもん!…おいしかったです。

 帰りは寄り道しようと、神社っぽいところを通りました。鰻塚や、鉄道殉職者の碑とともに、京都市・八幡市・宇治市などの地蔵が飾られており、東北まで来てなんで地元の、それも地蔵を見なきゃいけないんだと空しくなりました。

 松島海岸駅に戻り、「マリンピアこちら」という看板を見ながら「マリンピアって海の近くならどこにでもあるよな」という会話。列車に乗り仙台へ戻り、晩御飯(米沢名物牛丼弁当牛肉どまん中)を購入。米沢山寺班と合流し、車両貸切状態のMAXやまびこで、行ってないはずの米沢名物に舌鼓を打ち、東京へと戻ったのでした。

 さて、東京に戻っても利府班がまだ帰ってこず、「先にホテル行っといて」「場所知らんわアホ!」というやりとりののち、結局田町駅で待機することになったのですが、時間つぶしに一発芸をやらされ、「1人コント、テーマは世界平和」という無茶ぶりをOB会長にされたのはまた別の話…。

4.二日目 山寺班

 真昼の炎天下。'1015段の石段'だけに惹かれて山寺班に来てしまった僕。山寺の上から見る景色は最高でしたが、そこまでの上りが・・・

 さかのぼること7時間。早朝4:51。僕達の乗っていた「ムーンライトえちご」が新潟駅に着きました。利府班・松島班とは別れ、すぐに北へ向かう電車に乗り込みます。

 山寺班は合わせて4人。松島班8人に対してこんなに少ないのはやはり石段が待っているからでしょうか。僕達の乗り込んだ快速村上行きはすぐに発車しました。車内はガラガラ。それもそのはず、まだ朝の5:00。ほとんどは「ムーンライトえちご」からの乗り継ぎ客のようです。40分ほど揺られて5:34、米坂線の乗り継ぎ駅である坂町駅で降ります。

 ここで1人が朝食を買っていなかったことがわかり…。次の列車まで時間があるので散歩兼コンビニ探しをすることに。とても涼しく散歩には適しています。が、なかなか見つかりません。実は、駅の西側1.5kmほどのところにあったのですが、そんなことも知らず東側の国道沿いを探し続けます。20分ほど歩いて見つからなかったので退散。駅の待合室で朝食を食べました。チップスターで我慢せざるを得ない人もいましたが・・・。

 坂町からは東に向かいます。利府班と再び合流(というか遭遇)し7:12発の米坂線

 米沢行きに乗り込みます。先とは違いこちらはディーゼルカー。しかもかなり古い車両です。新潟県と山形県の県境付近までは、日本海に注ぐ荒川に沿って走ります。車窓はとてもきれいなのですが前夜の疲れからかほとんどの人が寝ていました。

 途中、駅に24分停車したりと列車はゆっくりと米沢に向かいます。到着は10:00。外はすっかり暑くなっていました。ここ米沢は米沢牛などで有名な観光地。ここで昼食を買い込みます。米沢駅は米沢牛をたっぷり使った駅弁が豊富でホーム上でも2つの店が争っています。予約をすれば乗っている列車に届けてくれるそうです。僕は「牛肉どまん中(1000円なり)」を購入しました。

 こんどは山形新幹線で北へ向かいます。山形新幹線は名前こそ新幹線ですが、線路は在来線と共用しています。だから踏み切りもあり速度は130km/hが限界。新快速と同じくらいの速さです。とはいえ、それまで乗ってきた列車に比べるとはるかに快適でした。弁当を食べている人もいましたが、音の出る弁当!?を車内で食べるのは迷惑ですよ、○○君。左側にいくつかの山々を望み、山形駅には11:01到着です。

 僕はここでお預けを食らっていた弁当を食べました。「牛肉どまん中」はたっぷりのご飯の上に牛肉煮と牛そぼろがのっていました。まだ温かくとてもおいしかったです。

 山寺駅まではあと少し。再び東へ向きを変え仙山線の電車に乗ります。20分ほどでようやく山寺駅に到着です。

 山寺(やまでら)は通称で本当は立石寺(りっしゃくじ)。860年清和天皇の勅令で円仁が開山したと言われています。また松尾芭蕉がここであの名句「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を詠んだことでも知られています。はじめにも書いたように、奥之院までは1015段の石段があります。

 駅のホームからは、はるか高いところに「五大堂」が見えています。そこよりも少し高いところにある「奥之院」を目指すわけですが、荷物はコインロッカーなどに入れて軽くしていくことをお薦めします。

 まずは順調に登山口へ。駅から徒歩7分のところにあります。途中、観光案内所のほか、2つの大きな岩「対面石」や立谷川などがあります。「川で帰り遊ぼっか?」

 

 のん気ですねぇ。とんでもない展開が待っているわけですが・・・。登山口から少し上り「芭蕉句碑」などを眺めながら歩いているとメインの入り口「山門」に到着します。飲み物、傘(時代劇に出てきそうなやつ)、杖などがここに揃っています。ここで入山料(高校生以上は300円)を払いいよいよ本格的な上りです。石段が続きところどころ道幅も狭くなっています。参拝客のほとんどは家族連れや中高年の方です。そこを中高生の僕たちは次々と人を抜いて上がっていきます。幸いなことにほとんどは日陰ですが、すごく汗をかきます。水分補給は忘れずに。上るだけでペットボトル1本を飲み干した人までいました。

 「奥之院」までは20〜30分で着きます。ここの本尊は奈良の薬師寺や京都の醍醐寺と同じ「薬師如来」です。少し休憩をしてから今度は駅から見えていた「五大堂」に向かいます。「奥之院」からは5分もすれば着きます。ここからの眺めは最高でした。はるか下に線路と駅が見え山があり川があり・・・。個人的にはここが一番おすすめです。

 景色を堪能してから来た道を引き返し・・・。下りはとても早かった気がします。下で飲み物を買いお土産などを見て、ちょうど次の電車が来る時間です。

 が、このまま仙台駅に行っても向こうで時間が余るので、電車を一本見送り次の電車までの一時間余りを河原で潰すことに。ここ立谷川は最上川の支流で、上流からまだ近いのか川幅は狭く、河原はきれいに整備されています。もう一度お土産を買いに行く人、ソフトクリームを

 買いに行く人、川へ遊びに行く人、僕はとりあえず橋の下で休憩です。と、ここでアクシデントが。1分前に川の方へ行ったはずの奴がずぶ濡れで帰ってきました。幸い時間もあったので服は乾かしていましたが。川は危険ですねぇ。

 またたく間に時は過ぎ山寺駅へ。ここから仙台を経由してこの日の宿泊地・東京へ向かいます。山寺駅から仙台駅までは仙山線です。確か仙台までほとんど寝ていたはずです。仙台で松島班が目の前に現れたり、牛タンの試食に夢中になっている人がいたり、メロンパンを大量に買っている人がいたりといろいろありましたが、僕は夕食に「網焼き牛たん弁当(1100円)」を購入。

 仙台からは一気に東京に向かいます。東北新幹線は朝に乗った山形新幹線とは違い、高架の線路をぶっ飛ばしていきます。本命の「はやて」が満席で急遽「Maxやまびこ」の1階席(Maxやまびこは2階建てです)になったわけですが、こちらは同じ車両に僕たち以外の誰も乗っていませんでした。加熱式の牛たん弁当は紐を引くと猛烈な湯気が出てきます。まあおいしかったから良かったのですが、あれには驚きました。車販のコーヒーが300円もした他はほとんど記憶に残っていません。東京からは山手線に乗り、利府班とも合流し、無事旅館に着きましたとさ。

5.三日目

 三日目は帰るだけですが、土日きっぷを有効活用するためにほくほく線経由で帰ることに。まずは上越新幹線です。

 東京駅には発車15分前に着きましたが、自由席のところにはすでになが〜い列が。座れるかどうか不安でしたが、さすがE1系。二階建て車両は伊達ではありません。全員座ることができました。

 越後湯沢駅で「はくたか」号に乗り換え。新幹線からの乗り換え客で指定席は満席。自由席もデッキまで客まであふれるという状態でしたが、ほとんどの人が座ることができました。

 このほくほく線は「はくたか」号が走っている現在は安泰でしょう。数年後の北陸新幹線延伸時にどのように変わるのかが少し興味深いです。

 しかし、「はくたか」号はさすがに速かったです。あっという間に直江津に到着。ここで信越本線に乗り換えます。

 直江津から長野までは左の「妙高」号を利用しました。この列車は普通列車ですが、特急型車両を使用しているため乗り心地がよかったです。

 山の中をゆっくりと走り、長野に到着。時間があるのでしばらくの間、観光をすることとなりました。

 ここでは善光寺に牛に引かれて参るグループと長野電鉄に乗るグループの二つに分かれました。私は長野電鉄に乗ることにし、昼飯をすました後に長野電鉄の乗り場に行きました。

 本来は「ゆけむり」号に乗りたかったのですが、時間的に無理だったので撮影するだけで我慢し、行けるところまで往復しました。

 長野電鉄は東急と小田急の車両を多数使用しているせいか、大都市の私鉄に乗った感じがしました。

6.三日目 善光寺班

 牛にひかれることはなく、バスという現代の乗り物に乗って善光寺へ。「聖火リレーしようぜ!」という僕の提案を華麗にスルーする後輩たち。3日目になると慣れたもんだな。

 善光寺班をさらに2つにわけ、先に昼ごはんを食べるグループと、先に善光寺見学するグループに分かれます。

 僕「よし後輩、善光寺について説明しろ」

 後輩「えー、無理ですよ」

 僕「こういうのは予習が大事なんだ予習が!」

 ヤバイ、後輩に無茶ぶりしてる時点でOB会長と同レベルやん…。で、後輩が説明してくれなかったので善光寺が何なのかさっぱりわからないのですが、まあ聖火リレーが通りそうなところなんだからいいところなんでしょう。それにしても暑い。ある程度奥まで行くと、盆踊りの屋台ぽいものが建てられていました。お、おどらないよそんなことされても!

 中に入るのにお金がいるということで、表示を見ると小中学生50円、高校生200円、おとな大学生500円という凄いネズミ算になっていて、OB会長が「理不尽だ!」と叫んでいました。当然払うわけもなく、そのまま境内を逆戻り。

 長野なので蕎麦屋に行き、ソバを食べました。つゆが足りず、せっかくのそば湯が味わえなかったのが残念です。バス停に戻り、ソフトクリームを購入。いやあずっと狙ってたんですよねー(笑)。店番してるひとが同い年ぐらいの子で、大変だなあと思いました。

 しばらくして、先に昼ごはん食べてた班と合流。もっと善光寺の周りをいろいろ回っていたらしく、かなり時間がギリギリだったそうです。若いねえ…。

 そして牛ではなくバスに乗り、長野駅へと戻ったのでした。

7.三日目つづき

 長野で善光寺に参ってきたグループと合流。ここからは真っ直ぐに帰ります。

 長野から塩尻までは「しなの」号を利用しました。景色をよく見えるために窓を大きくした車両でしたが、みんな、大富豪やらポーカーなどで景色を見ている人は少なかったです。

 塩尻からは土日きっぷが使えなくなるので18切符を使用し、普通列車を利用しました。名古屋までは左の「ナイスホリデー木曽路号」を利用しました。塩尻〜名古屋間という長距離を快速列車で移動するのはやはり楽でした。

 名古屋で晩御飯を済ました後は東海道本線を乗り継いで京都に帰ってきました。ここで今回の旅行は終了しました。


前の文章「観光にはしった鉄道」へ
SEO [PR]  紅葉めぐり 転職支援 わけあり商品 無料レンタルサーバー ブログ SEO